2009年05月10日

沖縄編 その十六

粟圀さんの左手が挙がった。
顔はすごいスピードで左右を見回している。
左手を、めいっぱいに開き、指を折りだした。
最後の4小節の合図だ。
四つになった!
三つになった!
二つになった!
身体を大きく曲げ飛び上がって素早く両手を振り下ろした。
演奏が終わった。

演奏の残響がまだ残る中、ブラヴォー!の大歓声と凄まじい拍手が巻き起こった。
私はやっと椅子に座り、ミキサー卓の縁に肘をつき、両手で頬杖をついている。
息をするのを忘れていたのを思い出したように、大きく息を吸い込み、吐き出すと、後ろを振り向いた。
ディレクターが、眉間に皺を寄せ、分厚いスコアーを空中に放り上げた。調整室の中をすごい数のスコアーが舞っている。
彼の考えはすぐ理解できた。
致命的な演奏ミスが多いのである。
ライブでは、視覚的な要素と音量の大きさで許せても、レコードは別である。レコードを、ライブと同様の音量で聞く人はいないし、演奏風景は見えないのだ。
しかし、私には「録れた」という自信があった。
にっこり笑って彼に言った。
「俺に三日くれる?作品に仕上げてみせるから」《三日間とは、トラックダウンの部屋を三日間押さえてくれと言う意味だ》
稿をも縋る気持ちであったろう彼は、「判った」と一声残し、赤電話のところへ飛んで行った。
posted by アナログオヤジ at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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